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〔展覧会〕「野又穫展 「Ghost」浮遊する都市の残像」へ向かう意志

2014年10月01日 00:25

 野又穫という画家がいる。空想上の建築物を描きながらも、その独特の構図や質感によって、単なる建築物を超えて、不思議な魅力を生み出している作家だ。
 私が野又穫の作品と初めて出会ったのは、群馬県立近代美術館で開催されていた「もうひとつの場所―野又穫のランドスケープ」においてだ。この時の感想はブログにもまとめたが(※)、その作品体験は他に代え難いものだった。だからこそ、その後の私は野又穫を追い続けている。
※ Ryuji-U「〔展覧会〕「もう一つの場所-野又穫のランドスケープ」展」http://minddistortion.blog50.fc2.com/blog-entry-166.html

 転機はすぐに訪れた。2011年3月11日。語るまでもない。
 「blue construction 野又穫展」(佐賀町アーカイブ)は2012年の1月から開催された。利用されなくなった中学校の校舎を用いたアートスペース 3331 Arts Chiyodaで、新しい野又穫の作品は未だ新芽のような様子で眠っていた。展覧会のページにはこうある。

さらに昨年からは人間の欲望そのものをかたちとして取り入れた建造物を描こうと模索していたところ、2011年3月11日の震災が起きました。自らのアトリエに被害はなかったものの、しばらく何も手に付かない中、再び筆をとったときには、もう一度柱など建物を構成する部分の形から描き始め、それらをつなぐように筆を進めるしかなかったと言います。
展覧会名を「blue construction」と名付け、そのような憂いに浸りつつ、再起して生まれた新作絵画15点やスケッチなどを、佐賀町エキジビット・スペースで展示した当時の絵画作品1点とともに展示します。変わってしまった世界を自らのやりかたで確かめながら、再び希望を見出していこうとする足取りが感じられることでしょう。会期中には3月11日を迎えます。絵画と対話する時間を求めて、足をお運びいただければ幸いです。
(「blue construction 野又穫展 佐賀町アーカイブ COLLECTION plus,3」http://www.3331.jp/schedule/001343.html)

 これらの作品は、とにかく小さなものだった。震災前の野又穫の作品の圧倒的なまでの存在感を支えていた巨大さというファクター。物によっては二メートルに及ぶ作品からすれば、サイズにして約半分の作品たち。であればこそ、これは習作と見るべきだ。
 一年後2013年4月、町田市立国際版画美術館で開催されたのは「空想の建築―ピラネージから野又穫へ―」と題された展覧会だった。旧作を中心にしつつも、ついに全容を露わにした新しい野又穫の作品に、昂奮を覚えた。《都市の肖像|Babel 2005》と共に展示された《都市の肖像 2012|A portrait of the city》、未完ながらも上記引用文中にあった「人間の欲望そのものをかたちとして取り入れた建造物」を感じさせる《交差点で待つ間に》《波の花》、そして積み重ねられたディテールが新たな世界の律を感じさせる《牢獄その上に(未完)》――いずれも、これまでの作品の文脈上にありながらも、一つの絶対的な現実と切り結んだ作家の本気の解答を見た気がした。(一点のみ、大きなポイントを書き留めておくならば、大地の扱い方の変容である。)

 更に一年、2014年9月、場所は渋谷Bunkamuraにほど近いアツコ・バルー。ギャラリーの中だというのにバーカウンターを備えた、魅力的なアートスペースだ。靴を脱いで上がる板張りの雰囲気もよい。扉を開け、中に入ると、そこには奇妙な体験が待っていた。
 小さくて、粗い。
 1997年、野又穫はCD-ROMによる作品集を出している(「MINORU NOMATA - Paintings 1986-1996」)。2011年にそれを入手した私は、収録された画像の余りの小ささに苦笑したのを覚えている。しかし、2014年、野又穫の新作を目の前にした私は、不思議とその時のことを思い出していた。
 細密であることが、解像度が高いことがいい、と言いたいわけではない。作品が大きければそれでいい、と言いたいわけでもない。しかし、かつての野又穫の作品の魅力は、大きさと精密さの相互関係によって生み出されていた。

 特にそれを強く感じさせるのが、高さの問題だ。描かれる建物自体が非現実的な高さを持っているということもあるが、それとともにほとんどの作品が上下に長く、大きさも高さが1メートルを越えるものばかり、ものによっては2メートルを越える。それらは、接近しては全体を視界に収めるのが困難な大きさであり、全体を眺めようとすれば二歩三歩と後退する必要がある。しかし、建物は複雑に組み上げられた骨組みと、処々に配された梯子や螺旋階段によって、我々に細部を観察することを要求する。鑑賞者は自ずから絵の前で前後することになる。そしてそれは、我々人間が、大地に縛り付けられた存在であることを強く印象づける。そうなのだ。人間は、高さを確認するためにであっても、上下の動きを許されていない。
(Ryuji-U「〔展覧会〕「もう一つの場所-野又穫のランドスケープ」展」)

 もう一つ、気になったことがある。タイトルとモチーフの安易な結び付きだ。これまでも、野又穫はコンセプチュアルなタイトルを軸に据えることで、大量の作品を一つの文脈の中に布置してきた。「Windscape」「Perspective」「Points of View」「Skyglow」――もちろんその中においてはモチーフも反復される。あたかも、それらの建物たちが一つの遺伝情報を共有する民族であるかのように。
 今回のタイトル「Ghost」について、野又穫はこう語っている。

ある場所に立つと、ふと「ここではない場所」が残像のように重なって見えることがある。
それらは目の前にある光景を補うようにして現れ、かつて訪れた場所や夢見た未来、あるいは過去の記憶を持ち出し、世界を立ち上げてゆく。
現在、過去、夢の断片が交錯するその景観は、今この世界を生きるための免疫をつくるように、繰り返し幾通りにも構築される。
極めて断片的で曖昧な残像が脈絡なく奥行きを形成し、亡霊のように現実世界に重なる姿を、テレビ映像のゴースト現象になぞらえて「Ghost」と名付けることにした。
これは「現象」「記憶」「光景」を、キャンバスの上にとどめようとする試みである。
(「Artist statement作家の言葉」「野又穫 展 「Ghost」浮遊する都市の残像」http://l-amusee.com/atsukobarouh/schedule/2014/0926.php)

 そして、なぜだろう、反復されるモチーフが十字架なのだ。あまりにも安易。あまりにも稚拙。
 しかし、立ち止まって考える。何か、私は大きな間違いをしているのではないか。
 アツコ・バルーには、作品集が何冊か置かれていた。そこに答えがある。これまで何度も何度も見てきた作品たちに目を向ける。何が違う。何がずれている。
 かつて私は「その世界は、あるいはSF的と言うべきかもしれない。野又穫は建物を通じて、世界を支配する新たな律を創作する」と書いた。その律において、建物は人の住まう場所ではなかったのではないか。命、そのものだったのではないか。そう気づいた瞬間、画集から建物たちの息遣いが聞こえてきた。なぜ、多くの野又穫作品において、人間の存在が感じられなかったのか。それは、世界を統べる律の違いだけではなかった。この世界では、建物こそが生命なのだ。だからこんなにみずみずしく輝いている。存在するだけで全てが肯定される。
 十字架――「Ghost」。これまで野又穫作品にみられなかったガジェット――建物を埋め尽くす無数のパイプ、建物を縛り付けるような煙。建物は、突然現れた人間の営みというガジェットに絡め取られ、その命を十字架に縛り付けられている。しかし、それは悲劇を周到に遠ざける。パイプと煙と十字架に彩られた建物は、それでも静謐に生きている。大地から遊離し、あたかも天使そのものであるかのように。
 野又穫の作品は、新たな向き合い方を我々に要求する。その前で行きつ戻りつするのでもなく、細部を詳細に観察するのでもなく、むしろその形をまねてみることを考えさせる。胸の前で手を組む。そうすれば、十字架ではなく、菱形の姿が浮かび上がる。「極めて断片的で曖昧な残像が脈絡なく奥行きを形成し、亡霊のように現実世界に重なる姿」――だとすれば、その脈絡のない残像を繫ぎとめる現実世界こそが十字架であり、祈る人々の姿なのかもしれない。

野又穫 展 「Ghost」浮遊する都市の残像
会期:2014年9月26日(金)~11月3日(月)
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〔小品〕「虹」

2012年12月05日 20:22

 両手でピースサインを作る。そのまま、いち、にい、さん、と叩き合せながら、右手を一本指、左手を三本に。子どもっぽい手遊びだ。
「それ、嫌い」
 少女の眼は輝かない。暗い店内でもはっきりと分かるほどの嫌悪感を口元に滲ませる。溜息が出る。グラスの残りを一気に煽り、カウンターの向こうのボトルに手を延ばす。
「だめ!」
 だって、しょうがないじゃないか。まだシェイカーの持ち方も知らないんだろう。
「だめだってば! 子どものくせに」
 自分だって子どものくせに。と思っているうちに、グラスの中が真っ白い液体で満たされていく。右手が一本指のままでは飲みづらいので、もう一度両手を叩き合せて元の本数に戻す。
「嫌いって言ってるのに」
 少女は頬をふくらませて抗議する。そうすることを僕はよく知っている。知っているからやったのだ。一口煽って、足の届かないままにスツールを回す。棚に並ぶ瓶の色が混ざり合って、暗褐色の板壁に虹を描き出す。店に誰もいないのは、まだ開店時間じゃないからだ。少女にはまだ、できないことが多すぎる。
「僕がそっちに行けば、もうお店を開けられると思うよ」
「あんたなんか、役に立つもんか」
 少女はまた頬をふくらませる。僕もまたスツールを回す。入口の方を向いて止まる。重々しい木の扉には、酒瓶のラベルがおびただしく貼られている。それぞれに何かのメッセージが書かれているが、薄暗い照明ではどれも読むことはできない。一口でグラスを空けて、飛び降りる。
「どうして、いつもよたよた歩くの?」
 知ってるはずだろ。それでも僕はその話をする。
 小さい頃――今よりもっと小さい頃、ずっとさっきの手遊びを繰り返していた。いち、にい、さん。いち、にい、さん。右から左、左から右、本数のバリエーション、空中に投げだして逆からキャッチ、異次元に飲み込まれて徐々に復活――自分で見てても、本当に指が移動しているんじゃないかって疑ってしまうくらい、ほれぼれする手際だった。
 だから、足で試してみようと思ったのは、自然なことだった。
「でも、足でその遊びをやるのは無理よ。手の指みたいに、折り曲げることができないもの」
 知ってるはずなのにお決まりの合いの手。視線を下に落として、靴を脱ぐ。靴下まで脱いでいるが、結果は分かっている。
「ほら。できるはずない。そんなこと、試してみるまでもないわ」
 でも、少女はいつでも試してみる。当然、僕だって試した。そして、僕はたった一回だけそれをやったにすぎない。僕は靴下を脱ぎ、靴を軽くつっかけて、カウンターの向こうに回り込む。少女が息を飲むのを見て満足する。
 果たして指は移動した。右足に七本、左足に三本。移動の瞬間を僕は覚えていない。ただ、静けさよりも孤独が耳に刺さったのを覚えている。僕は叫んだだろうか。母は仕事から帰ってこない。いや、時間帯からすれば仕事に向かったばかりか、もうすぐ開店という時間だったと記憶している。だから、テレビをつけた。バラエティ番組でも見て、僕に襲いかかった状況もネタにして笑い飛ばそうと思ったのだ。しかし、お笑い芸人たちは自分が笑いを取るのに必死で、テレビのこちらにいる人間の面白さになど、気づきそうになかった。
「それでどうしたの?」
 すこし背の高くなった僕は、扉に貼られたラベルから一枚を引っぺがした。僕が初めて母に内緒で入れたボトルのラベルだ。いや、その言い方は正確じゃない。僕が初めて母に内緒で、棚から抜いたボトルだ。右巻きの矢印が無数に描かれた不気味な模様は、どこの国のものともわからない文字に囲まれている。この一本を最後に、二度とお目にかかったことはない。中に入っていたのが、どういう類の酒だったか、全く覚えていない。琥珀色の記憶は、それをウィスキーと思わせたいようだが、喉に残る清涼感はその意志をたやすく挫く。
「みんな右に消えていく」
 僕の手からラベルを奪うと、少女は首を傾げた。グラスにはコーヒーリキュールが加えられていて、バー・スプーンが入れっ放しになっている。ステアの仕方も知らないらしい。矢印と同じ方向に軽くかき混ぜる。コーヒーがミルクを追い、ミルクがコーヒーを追う。少女の目の前のグラスにバー・スプーンを投げ込む。
 僕の変化を見た母は、すっかり動転してしまった。そして、どうやってこのことを隠し通すかの算段を始めた。病院に行くか、靴を特注するかしてくれれば、まだよかったかもしれない。こうして、僕はまっすぐ歩けなくなった。どんなに注意深く歩いていても、左に曲がっていく。曲がる分を計算に入れて、あらかじめスライス気味に足を踏み出すが、無駄な抵抗だった。帰宅するつもりが隣家に上がり込み、教室に向かえば隣のクラスに、お菓子売り場に行くはずなのに調味料の棚にたどり着く。そして、僕は、世界が左に傾いていることに気がついて、吐いた。事ある毎にえずく僕の様子に、友だちは皆、右に消えていった。一緒に歩いていても、右に消えていった。右折しても左折しても、友だちは常に、より右に向かって消えていった。
「それなら、ずっとそのスツールに座ってればいいわ」
 肩を竦めたのか怒らせたのか、背中から少女の表情は読めない。カウンター越しにラベルを摘み、そこに書かれた文字の幼さを指先でたどる。ちょうどこれを書いた頃だ、と語り始めると、少女はなぜか涙を浮かべて振り向いた。
「だって、怖かったんだもん」
「何が? どうして君が怖がることがある?」
「あなたに起こることは、あたしにも起こるかもしれないから」
「勝手だな」
 僕は笑いながら、この話を打ち切る。僕も少女と同じで勝手なのだ。僕は僕のことを話したい。
 その言葉を書いたのは、最後の友だちが右に消えて、その孤独もようやく右に消えていこうとしていた頃だった。瓶の中に残った液体はわずかで、手に握ってさえいれば右に消えないその液体を慈しんでいた僕は、瓶の口に付いたわずかな雫を指先でこすり取って、舌の上に置きながら、いつ尽きるとも知れないその香りを楽しむのが日課だった。その日も、学校から帰った僕は、手を清潔に洗浄し、うがいで舌を新しくし、物置の奥から瓶を引っぱり出した。普段は、その行為だけに集中するために、余計なことはしないのだが、その時に限って、僕はもう一つの大切なものを、矢印の供にしようと考えたのだ。
「テープレコーダーね」
 ご明察。どうして知っている? この話もしたことがあったかな。
 とにかく、テープレコーダーだ。入っているのは九十分の、なぜかメタルテープ。五歳から七歳まで、何かの折に一言ずつ録音してきた。七歳は、僕が足の指の正常性を失った歳だから、このテープには、まだ大丈夫だった頃の僕が記録されていたというわけだ。このテープレコーダーが、どうやって僕の手元にやってきたのかは分からない。記憶にはない父親が置いて行ったものかもしれない。僕がメッセージを録音しなければ、そこには父親の手がかりが残されていたかもしれない。というのは、今の僕が思いつきに語ったことに過ぎず、当時の僕がそういう考えを持っていたかと聞かれれば、ノーと即答するし、そもそもテープもテープレコーダーも失われてしまった以上、想像そのものに意味がない。
 テープレコーダーは瓶よりもずっと手前にしまってある。母親から隠す必要がないからだ。瓶を食卓に置いたまま、不意の思いつきに足取り軽く物置の前に正座した僕は、テープレコーダーの取っ手を摑んで引っぱり上げた時に、何かがちぎれるぷちっという音を聞いたのだった。そこから溢れだしていた黒いビニールのひもはカセットのテープだったし、物置に同居していた何かに引っ掛かったテープは、テンションの上がった僕の一撃で引きちぎれてしまっていた。真っ白になった僕はテープレコーダーを放り投げ、見事に食卓に着地。下敷きになった瓶からは、残り少ない液体が流れ出し、僕は慌てて台拭きを手に取った。液体が無くなることより、母親にばれることの恐怖の方が大きかった。こうして、何もかもが右に消えていった。残ったのはこのラベルだけ。
「それがどうしてここにあるの?」
「僕が聞きたいよ」
 そう、それを貼ったのはきっと母に違いない。
「帰ってこないね」
「帰ってこないわ」
「だから、僕がそっちに行けば、店は開けられるんだ」
「でも、あんたはまだ子供でしょ」
「これでもずいぶん大きくなった。酒だって飲める」
 カルーア・ミルクはご免だが。
 スツールから降りて、カウンターとテーブルを磨き始める。十分な背丈がある。体は成長し切った。これでも不十分だっていうのか。
「虹が出るくらい、綺麗に拭きな」
 虹なんて出るわけがないだろう。結局、母親は僕が近くにいるのが嫌だったのだ。勝手に畸形化しといて、その存在そのものが自分の安全を脅かす。
「どうして虹が出ない、って言えるの?」
 いつの間にか隣に来ていた少女が、カウンターを磨きながら言う。僕より力強く、僕よりも優しい手つきだ。
 虹っていうのは、大気中に浮遊した水滴が太陽光を分散させて生まれるものだから。ここには、そのための何もかもが欠けている。水蒸気が発生してるでもなし、窓から日光を取り入れているでもなし。そもそも、店の中に虹が出たとして、それは一生懸命拭いたことの対価じゃない。
「それだけはっきり分かってて、どうしてあんたは虹を渡ろうとしたんだ」
 虹を渡ろうとしたわけじゃない。
 いや、虹を渡れるなら、本当に渡れるなら、生きていてもいいかな、と思ったんだ。
「だとしたら、あんたが見た虹と、母さんが言った虹は、同じもんだよ」
 少女のような笑顔で、母親が笑う。どこか疲れた、諦めにも似た笑顔だ。そうして、一枚の分厚い板の向こうで、力強く、優しく、開店の準備を進めている。テーブルの中に閉じ込められた僕は、母のその腕の動きに魅了される。行きつ戻りつ、同じ動きを何十年も繰り返す。店の息遣いは、母のリズムそのものだ。
 虹――か。
 母さんも、渡れないはずの虹を渡ろうとしている。だったら、一緒に渡ればよかったんだ。せっかく道を、人よりも左に曲がった道を用意してくれたのに。
「ごめんなさい」
「子どものくせに、分かったような口きくんじゃないよ」
 少女の笑みは頬をふくれさせた泣き顔になって、静かに伝った涙は七色に光った。でも、次の瞬間にはテーブルの上で砕け、ダスターのひと拭いでなくなってしまった。

〔短篇〕「命日のモンブラン」

2012年12月05日 20:16

 アパートから駅へ至る途上、ちょうど田んぼと新興住宅地の境界あたりに、洋菓子店ができた。毎日同じ道、代わり映えのしない風景に突然飛び込んできた変化に、昨日の記憶を塗り替える痛みを感じたものの、手を引く娘がそんな思いを断ち切った。
「車が来ないか、ちゃんと見てから渡りなさい!」
 見通しの良い直線道路、休日であるにもかかわらず、車も人も通らない。それでもそんな言葉を叫ばずにいられないのは、娘の左手が冷たく凍えているからでもある。その手を温める妻は、いない。
「もー、お父さん。わたし、もう中学生だよ。子供じゃないんだから」
 妻もこのくらいの頃には生意気を言ったのだろうか、私にはまったく不平不満を漏らしたことのなかった彼女がいなくなって、五年が過ぎた。日々、妻の面影を色濃くしていく娘の右手がすり抜けていくのにも、そろそろ慣れなくてはならない。今に、別の男がこの手を温めるのだ。
「こんなところにケーキ屋さん、あったっけ?」
 いや、気づかなかった、と正直に口を開く前に娘はもう扉に手を掛けている。白木造りの扉は重々しく、雪原の山小屋のような外観は、背景の田んぼを西欧の田舎町に塗り替えた。ただ、フランス語で記された店名はいただけない。これでは、この町の誰もこの店を名前では呼ばないだろう。
「微妙な場所だね。ここじゃ、住宅地の人たちは買いに来ないだろうし」
 娘の後ろ姿を追いかけて店内に入ると、天井から効果的に取り入れられた外光が、甘い香りを温かく包んでいた。この数年、あまり甘い物を食べていなかった私も、思わず唸り声を上げずにいられない。しかし、と腕時計を見ると十一時の十分前、まだショーケースには一つのケーキも並んでいず、どうやら開店前に飛び込んでしまったらしい。
 娘が興味深げに焼き菓子の入った籠を眺めていると、奥から清潔な白さを身にまとった人物が現れた。パティシエ、というよりも洋菓子職人と言った方が似つかわしい、そのいかめしい表情に、思わず身をこわばらせた。
「すいません。まだ、開店前だっていうのに」
「いえいえ、どうぞごゆっくり」
 口を開くと柔和に崩れた表情は、最初の印象を一転させた。気が緩むのと同時に、こんな場所に洋菓子店を開く店主に興味が湧いた。娘は、今度は色とりどりのクッキーが入った籠を眺めている。
「今日からですか」
「いえ、昨日から。でも、お客さんはお二人が初めてです」
「ここは難しい場所でしょう。駅前にはチェーンの洋菓子店もありますし、住宅地の人たちはあまりこちらには来ませんし」
「まあ、でも、こういう場所がいいんですよ。何しろ、こういう場所にはたくさん悲しみがたまりますから」
 気球のように膨らんだコック帽が、外光によって散った顔の皺を一瞬陰らせた。それが、彼が屈んだせいだと分かるのに時間がかかったのは、彼が思いのほか長身だったからだ。レジの下から取り出した小さなカードを差し出しながら、彼は店名らしきフランス語を早口で言った。
「誕生日や結婚記念日みたいな祝い事があれば、ぜひ。電話でのご予約も承っておりますので」
「妻はいないんです」
 言って、余計なことだったとはっとしたが、その時に店主の瞳が輝いたのを私は見逃さなかった。といっても、それは彼が再び体を起こしたからかもしれず、店内にあふれかえる光は、きっと私の目も輝かせているに違いないのだ。
「お母さんは事故で死んじゃったんだ。お父さん、余計なこと言って、パティシエさんを困らせちゃだめだよ」
 素直に謝りながら、お前が彼女に似てきたせいだよ、と釈明にもならないことを考えていると、店主が口を開いた。
「大変ですね。私は独り身で通してきましたので、こういった場合にどんな言葉をかければいいか。でも、いい娘さんでうらやましいです」
「その分、自由がきいていいですね。自分の店というのは、憧れますよ」
 今度は娘に対して不用意だったか、わき腹にひじ打ちを食った。店主の笑い声が私たちの間を優しく満たす。
「そろそろ」
 と時計を見ると、すでに十一時を回っていた。開店はまだなのだろうか、と思っていると
「お父さん、このクッキー、かわいい! 百二十円だって。いいでしょ?」
「じゃあ、一つ。あまり邪魔してもなんですから」
「いえ、またいらしてください。次にお越しの際には、素敵なケーキをお目にかけられると」
「ええ、ぜひ」
 駅へと続く県道に戻ると、冬の初めの風が首筋から熱を奪った。娘はクマをかたどったクッキーをあちらこちらと角度を変えつつ楽しんでいる。食べないのかと聞くと、その無粋をとがめられた。そういうものなのだろうか。

「モンブランが好きだったよ」
 娘に妻の好きなケーキを聞かれたのは初めてのことだった。
 駅前にある洋菓子のチェーン店には、この五年行っていない。それは、モンブランが甘すぎることでも、レアチーズケーキにブルーベリーソースがかかっていないことでも、シュークリームの皮が厚すぎることでもなく、クリスマスケーキを買って帰る途中で妻が事故にあったことによる。乗用車にはねられて反対車線に投げ出された彼女は、トラックに頭を轢かれた。それからというもの、クリスマスケーキはもちろん、娘の誕生日ケーキも二人で作った。そのために奮発して買ったちょっといい電子レンジは、近頃ではたまに勝手に電源が落ちる。
「今度のお母さんの命日には、モンブランのホールケーキを作ってもらわない?」
 妻の顔がモンブランと言ったような気がして、驚いた。それが違う意味にとられたのか、娘は申し訳なさそうな笑みを浮かべて、すぐに話題をすり替えた。
 だから、その週の土曜、少し早めに退社した私は、再び洋菓子店の扉をくぐった。日が暮れていたせいで店内の印象は全く違ったが、壁に掛けられたランプを模した電気は、温かな印象をより強めていた。
 ショーケースには定番のケーキのほかに、ムースやババロアが充実していて、黄色や赤や紫の幾何学的な立体に、細かな意匠が凝らされているのには目を見張った。中でも惹かれたのがベリーのムースだ。赤紫の立方体の上に散らされた粉砂糖の雪に、細かく刻まれたドライフルーツがイルミネーションのように輝いている。
「こんばんは」
 声が聞こえるまでその存在に気がつかなかった店主は、今日は初めから柔和な表情で、私もまた警戒を解いて口を開いた。
「モンブランのホールケーキって、お願いできます?」
 用意していたセリフはすらすらと、何の引っ掛かりもなく流れ出した。娘の顔がちらつく。気遣いは彼女の成長だが、それでも距離が開いていくようでいたたまれない。
「もちろん。大きさは、お二人で召し上がるなら三号か四号ですね。お日にちは?」
 手際よく話を進めていく店主だったが、質問がプレートに入るフレーズに至って止まってしまった。
「クリスマス、ではないんですね」
「妻の命日なんです。モンブランは妻の好物で」
「それなら、プレートには娘さんとお二人でメッセージを入れるといいんじゃないですか。デコペンをつけておきますよ」
 胸が痛んだ。娘との距離を案じていた私と、その距離を詰める提案をくれた店主。これが洋菓子職人の技術かと、痛む心を外に向けていなす。お土産を買って帰ろう。
「あと、そのベリーのムースを、二つ」
 店を出ると、夜気に体が縮み上がった。振り返ると、暗闇に浮かび上がる洋菓子店が、田んぼに立てられたロウソクのように燃えていた。窓には、中でせわしく動く店主の姿が大きく映っていて、その姿は幾分悪魔じみて見えたが、それは、彼の気遣いが私の心を見透かしていたせいだ。小さな箱を握る左手の先が痺れている。店主からこの小箱を受け取った時に流れ込んだ毒によるのか、それともこの胸の痛みがケーキに流れ込もうとしているのか。このベリーのムースの儚げないでたちには、私の悲しみをそのままにしておかない、生真面目さのようなものが感じられた。作り手が作り手なら、ケーキもケーキ、と言ったところか。
 娘の用意した夕食の後、食卓に並んだ二つのムースを前に、私は不思議な悲しみに彩られた感慨に襲われた。妻を失って、初めて並ぶ洋菓子店のケーキ。そう言えば、生前にはこういったことが頻繁にあったのだ。喪われたのは妻だけではなかった。彼女と過ごした時間、その意味も、トラックが踏みつぶして行った。しかし、命は戻らなくても、その意味はここにこうやって帰ってくる。ベリーのムースに結晶した悲しみは、甘味よりも酸味を色濃く印象付け、私の舌は鋭く傷つけられた。であればこそ、私はまたこうして、食卓にケーキを並べるだろう。
 そして何より、ケーキを口に運ぶ娘の笑顔が、やはり妻に見えたから。

 家に帰ると、娘が泣きはらした顔で居間に座っていた。どんなに疲れていても笑顔で迎えてくれた妻のことを思い出し、彼女が私から隠し通した表情の可能性について考えた。娘の肩に掛ける手が柔らかくなる。娘は泣いていたことを隠さない。その距離に安堵する。
「いなくなっちゃうの」
「誰?」
「お父さん。いなくなっちゃうよお」
 言葉にした途端に堰を切ったように溢れだした涙は、私のワイシャツを濡らした。小さい頃、よくネクタイで鼻をかまれて、頭を搔いたものだ。それが今はこんなに大きくなっている。泣く理由も、怖い夢を見たとか、花が散っていたとか、おもちゃに傷が付いたなんていう可愛らしいものではなくなっているはずだ。
 呼吸が落ち着いてくると、娘は同じクラスの男の子のことについて話し始めた。父親一般はそれを楽しい話として聞けないだろうが、娘の右手を奪っていく存在について、日頃から考えを巡らせていた私には、彼女の頭を撫でながらその左手を見つめる余裕がある。妻のものだったはずの手は、小さく怯えているように見えた。
「彼(娘は決してその名前を口にしなかった。私としても、それは積極的に耳にしたい情報ではない。)引っ越しちゃうの。クリスマスに」
 その日は妻の七回忌だ。非情な二択に娘は苦しんでいた。引き裂かれた小さな胸を思い、その片方が私のライバルであることも忘れて、震える彼女の体を抱きしめた。
「行ってきなさい」
「でも、お墓参り……」
「彼のことを放っておいて墓参りになんか行ったら、お母さんがなんて言うと思う?」
「うん」
「夜に、ケーキを食べよう。お母さんと、ね。それまでは、自分のことを大切にしなさい。クリスマスなんだから」
 でも、彼はいなくなるんだな。落ち着いて話を聞いていられるのは、そういう事情があるからかもしれない。嫌な父親だ。
 いや、普通の父親か。

 クリスマスイブは終業式だった。娘が腕をふるってくれるのは毎年通り。私がプレゼントを買って帰るのも毎年通り。家計を考えてねだってくれたのも毎年通りだったので、私は早めに退社して、オフィスから程近いデパートに向かった。ぴたりと寄り添ったカップルをすり抜けながら、人混みを嫌った妻の言葉が耳に蘇った。
「お金を払って人波を泳ぐなら、冬の海に飛び込んだ方がましよ」
 冬の海に潜れば君に会えるのか。でも、僕は人波に挑もうとしている。助言をくれ。彼女に似合う、彼に魅力的に映る服は、どこに行けばあるんだ。
 駅前のスーパーで見る服とは一桁違う。子供服というくくりでもない。一着一着手に取りながら、その中に現れるのは妻の姿だった。
「これなら、いいんじゃない」
 イメージの妻がうなずく。それは、深い紫色のワンピースで、カーテンのようにひらひらした生地がくっついている。ドレープと言うらしいが、いつもの娘の姿を思い浮かべながら、あまりにも大人びて見えることに戸惑い、値札を見て固まった。店内の女性を見回して、コートも必要だろうかと考えていると、まつ毛が跳ね上がった店員に声を掛けられ、これを下さいと言ってしまった。
 晩餐の後の居間で、プレゼントを渡すと早速、着てみせてくれた。喜びながらも恐縮している様子に、申し訳なさの方が先に立つ。いいんだよと落とした視線を再び上げると、その姿が遠くに見えた。手を伸ばして肩を撫でる。
「いつの間にか大人になっていくな」
「だから言ってるじゃない。もう子供じゃないんだから、って」
 ブランド名の入った紙袋を丁寧に畳んで、押入れに仕舞った。風呂から戻った娘は、タオルで髪を拭きながら、落ち着いた様子を装って口を開いた。
「お父さん、明日……」
「ああ、お墓参りはお父さん一人で行くよ。年が明けたら一緒に行こう。七回忌って言ったって、特別何をするっていうわけじゃないんだから」
「ごめんね」
「謝るくらいなら、明日、しっかりな。帰ったら、ケーキを食べよう」
「ごめん」
 クリスマスは朝から晴天で、コートを羽織った私は、娘よりも早く家を出た。普段の時間からすれば遅い朝だが、陽射しが空気を暖めるにはまだ時間がかかる。霜の降りた田んぼを眺めながら歩いていると、洋菓子店から甘い香りが漂ってきた。その中にはモンブランのホールケーキという、一風変わった注文も含まれているのだろう。
 墓地までは一時間半かかる。郊外を結ぶ路線を南に下る電車に乗ると、土曜だというのに席が空いていた。腰を下ろしながら、まだ眠っているらしい車窓からの風景を見つめる。一人きりのクリスマスはいつ以来だろうか。
 墓には既に花が手向けられていて、行き届いた掃除の様子から、実家のお義母さんの顔がちらついた。葬儀の席で挨拶したのが最後で、会ってもいないし連絡もしてこない。孫の顔を見たくないのだろうか、とも思うが、それだけ妻との溝が大きかったのだろう。生前、あまり実家のことは話したがらなかった。人づてに聞いたこともいくつかあるが、であれば私が口を出して事態が好転するとは考えられない。ご両親にとっては、どこの馬の骨とも知れない男、それが私なのだ。
 いつもの蕎麦屋に寄って、少し早い昼食をとる。一人だと、何もかもが早く進んで行く。吹きすさぶ風に震えて自販機を探すことも、道端で寒さに萎れた花に指先を触れることも、葉の散った銀杏並木を見上げて来年は黄葉の頃に遊びに来ようと話をすることもない。二人用の席に座って、来年はそこに娘がいてくれるのだろうか、と答えのない問いに縛られる。昨日のワンピース姿が頭から離れない。風景に穿たれた穴のように、右隣が空いている。怖い。それが分からないことも、それを知ることも。蕎麦屋の店主がこちらを見ている。娘と一緒じゃないことに気付いているのだろうか。一年に一度の来店。それでも、忘れられない客というのがいるのだろうか。

 洋菓子店には二組の家族連れがいた。子供の服装から、新興住宅地の住民だと分かる。そちらの人々にも認知されたのだ、と胸をなでおろす。店の側の視点に立ってこの場をやり過ごさずにいられない。
「いらっしゃいませ」
「忙しそうですね」
「おかげさまで」
 幾分うつむきがちに接客する店主には、疲れがにじんでいた。冬の空気を振り払う外光の温かさも、店主に訪れるのはまだ先のようだ。クリスマスに忙しいのは、サンタクロースばかりではない。ケーキを受け取って飛び跳ねる子供を、母親が笑ってたしなめる。親も忙しい。一人で何役もこなさなくてはならない。サンタクロースのふりをしたことがあっただろうか、と顧みると、ひげ面の妻の姿がよみがえった。
「プレゼントを要求するサンタクロースっていうのは、初めてだな」
「だって、これ以上あげるものはないもの」
 プロポーズ直後のクリスマスだった。甘い匂いに朦朧としていると、こちらです、という店主の声に揺り戻された。渡された箱にはリボンが掛かっていて、こういう時は中身を確認するもんじゃないのか、とも考えたが、気にすることでもないかとうっちゃった。それよりも、そのリボンがあまりに子供じみているのに、頬が緩んだ。本人がどう思おうと、娘はまだまだ幼く見えるのだ。ずっと一緒にいると分からなくなる。あのワンピース姿など、出産後の妻よりも大人びて見えたくらいだ。化粧っ気が無くなってからは、生来の童顔のせいか、妻はますます若く見えるようになっていた。
「いいクリスマスを」
「ありがとうございます」
 家の中の空気が冷たい。昨日の食卓が思い出される。エプロンをした娘がディナーを準備してくれているというのは、世間的に考えれば、相当に幸福なことなのだろう。それでも、私はそこに妻を招きたい。食卓に置いた三つ目の椅子の掃除を怠ることはできない。カーテンを開けて日の光を入れながら、居間に体を横たえる。畳の目をいじりながら、ワンピースの触り心地を思い出す。
 知らぬ間にうとうとしていたのか、気づけば日が暮れている。冷えた体が身震いする。時計が見えず、時間が分からない。伸びをしながら体を回転させてうつぶせになった。藺草の匂いなどしない。五十を間近にした中年男の臭いだ。寒い中でも汗ばんでいた体を撫でながら、風呂に入ろうと考えた。
 時間が経つのが遅い。テレビはクリスマス特番で、いろんなタレントが出ては消え、消えては現れる。大変な業界なんだろうなと思うと、華やかさが途端に色褪せた。スポンサーの案内が終わって、ニュースが始まった。落ちつかない。その時になって、部屋の中をずっと歩き回っていたことに気がついた。
 こんな時、人はテレビで見た行動をなぞるものなのだろうか。娘の部屋に入って、荷物を確認した。修学旅行用に買った大きめの鞄と、衣類、下着もごっそり無くなっている。そして、タンスにはワンピースが置き去りにされていた。
「君がいいって言ったから」
「あなたが勝手に買ってきたんじゃない」
「言ってくれたら――ちゃんと、言ってくれたら」
 耳から部屋の静けさが流れ込んでくる。冷蔵庫に走った。箱を取り出して、リボンを解く。メッセージプレートを見る。
「お父さん ごめんなさい お母さん ありがとう」
 娘はいずれ帰ってくるだろう。何らかの形で連れ戻されるだろう。だが、そこにいるのはもう、私の知っている娘ではない。
 僕は間違えたのか。
 モンブランを箱に戻しながら、胸が冷えていくのを感じた。

※ 執筆経緯の関係で、冒頭の一文を、藤野可織氏「胡蝶蘭」から借りています。
(藤野可織『いやしい鳥』(文藝春秋)・『超弦領域 年刊日本SF傑作選』(創元SF文庫)所収)

〔展覧会〕松井冬子展「世界中の子と友達になれる」

2011年12月23日 12:57

 横浜美術館で開催されている松井冬子展「世界中の子と友達になれる」(2012年3月18日まで)に行ってきた。
 松井冬子の作品は、一度だけ成山画廊で見たことがあり、狂気と正気の狭間を描く幽玄世界に一瞬で引き込まれ、以来、まとまった展示の機会をずっと待っていたのだ。
 あるいは、以前あるテレビ番組で松井冬子の語っていたことが――とりわけ、先日訪れたホキ美術館において、リアリズム的表象による女性像を多数見てきたこの時期であればなおさら――思い起こされるのである。曰く、「女性が女性を描くのは当事者研究だから構わないが、男性が女性(のエロス)を描くのは越権行為である」と。
 「越権行為」という言葉の刺激もさることながら、「当事者研究」という言葉に込められた眼差しの冷徹さを思わずにいられない。そして、そのストイシズムの結実として見ることになった今回の展覧会において、私は初め溢れんばかりの意味に身を浸し、しかし後半に至って私の言葉は完全に奪われた。
 負けを――仮にそれが現時点での限定的なものであるとしても、負けを認めなくてはならないことは苦しいが、そこに至るまでの道のりを記しておくことは、明日の自分にとって無駄ではないと思われるので、これからいくつかの特徴をたどりながら、この展覧会の印象を記述してみよう。

 松井冬子の作品を見ていく時、もちろん作品そのもののもたらす印象は鮮烈なわけだが、それとともに無視することができないのが作品につけられたタイトルの独特さである。過剰に思われるほどに意味が織り込まれた上、絵そのものとは容易に結びつかないそれらのタイトル――《切断された長期の実験》や《なめらかな感情を日常的に投与する》と聞いて、どんな絵を思い浮かべるだろうか――は、しかし、これから松井冬子作品と切り結んでいく上で無視することができない。つまり、作品が見る者の積極的解釈を要求しており、そこにある絵をそのもの自体として楽しむなどという生ぬるい鑑賞は許容されないということだ。タイトルは、この意味で、明確に挑発である。
 現実と非現実がない交ぜになって表現される作品世界は、いくつかの特徴的な題材をもっている。たとえば、肉感的な花弁、動物の毛や女性の髪、そして開かれた皮膚と露わになった内臓――言葉として記述すれば、それらの対象はその実体としての意味を免れないが、作品中に表れたそれらは、あからさまに意味を奪われている。それらは、具体物の表現でありながら、どこまでも抽象的な存在に近づいていく。とりわけ、線でも面でもなく、量感として表現される髪の毛は、それだけで別種の有機体であるかのような印象をもたらす(「髪は女の命」という言葉があるが、ここではその「命」が、女から外化された固有性を持ってしまっている。《思考螺旋》や《足の皮を引きずり歩く》を見ると、それがよくわかる)。あるいは臓器は、観察に基づくリアルな描写によって表現されているにも関わらず、むしろ抽象的な内心の表出であるように見える。皮膚によって覆い隠されている内心の告白。その複雑な情念の現れとして描かれた臓器は、文字通り女性の体の内に詰め込まれ、グロテスクながらも血に塗れて美しく輝く宝石のようでもある。
 これが、女性の描く女性ということの、一つの極点であると思われる。美しさとは、エロスとは、狂気とは、男たちの眼差すことが可能な、皮膚としての表層において実現されているものではない。
 そして、それらの象徴表現は、非常に緻密に構築されている。展覧会のタイトルにもなっている《世界中の子と友達になれる》は、松井冬子の学部時代の卒業制作のタイトルだが、今回は作品と共に、その制作過程を垣間見ることができる写生、習作、下図が公開されていた。中でも、下図に書かれたメモの数々は、この独自の世界が決して単なる感性の直接的な表出によって生まれたわけではないということを教えてくれる。
 そんな中、メモの中にこんなものがあった。
「顔・肌だけは/失敗できない一発ギメ」
 私はどきりとした。小説にも同じことが言える部分があるのではないかと思ったからだ。しかも、それは結果から遡って――その時の集中や勢いが、推敲の手を拒絶するということではなく、ある場面が、その場面的必然性から「一発ギメ」を要求するような状況である。
 そしてその「一発ギメ」を可能にするのは、確固たる技術であるのだが、その技術のことを考える段に至って、私は言葉を失う。
 今回の展覧会では、この《世界中の子と友達になれる》の後、かなりまとまった分量の写生や下図が展示されていたのだが、ここでは松井冬子の技術的な確かさ、巧さに舌を巻かざるを得ない。特に、先にも挙げたが、重要なモチーフの一つである臓器のスケッチは、それだけですでに一つの作品的到達を感じさせるものである。であれば、これを日本画という方法に落とし込むことは、何を生起させるのか。
 省略による記号的表現、それは現実の対応物からの遊離をもたらす。一方で、細密表現は現実の対応物を想起させる。日本画的表現において、象徴性と写実性は相補的に機能し、写実が象徴性を獲得し、象徴性が写実を獲得するということが起きる。これは、実は現実に肉迫する方法なのではないか、と思うのだ。
 現実は、一見写実的であるように見えるが、対象を記号や象徴と取ることなしには、コミュニケーションも生活もできない。例えば、目の前にいる人間の表情から意味を読み取らずに、十全なコミュニケーションを実現することは不可能だろう。一方で、認識対象が常に写実であるというのも間違っている。我々は、慣れ親しんだ存在であればある程、写実的には対象を認識していない。家族の顔を改めてまじまじと見つめた時に感じる違和感は、その分かりやすい実例だろう。細部を捨象して認識しているからこそ、後姿やすれ違いざまの一瞬だけで、相手を認識することが可能になる。
 さて、ここまで来て、私は言葉を失う。松井冬子の表現が、容易に表象しがたくも確実に存在している現実を想起させるものであることは確かだ。そして、言葉にもそういった方法が可能性として内在されていることを知っている。
 展覧会も終わり近く、「九相図」というパートがある。「九相図」とは、「人間が死んで腐敗し骨へと変ずるさまを9つの段階に分けて示した、仏典にもとづく絵画」である。松井冬子はこの主題のもとに連作を描いており、現在、完成している五作品が展示されていた。死と腐敗、それを取り巻く環境も含めて描かれたこの連作、一枚一枚の完成度はもちろんのこと、それを連作として見ていった時、最後におかれた《四肢の統一》の前で立ちつくさざるを得ない。
 咲き乱れていた花は失われ、頭蓋と脊椎の一部だけが横たわる。柳と思しき木は風を受け、遠くには新円を描く月。――言葉はモノに寄り添う。しかし、ここで生まれたのは言葉で語ることのできる感覚ではなかった。
 描くことは、描けないものを描くこと。対象と象徴の隙間から溢れだす情念を、過剰に虚飾された表題が歪ませ、見る者の安易な結論を拒み続ける。
 であればこそ、わたし自身もまた「当事者研究」を続ける以外にはないのだ。たとえそれが「越権行為」だとしても。死と狂気の研究に突き進む松井冬子自身が、奇しくもそのことを証明してくれている。

〔展覧会〕「存在の美―まなざし、微笑み、憂い」展

2011年12月18日 07:28

 千葉県のホキ美術館で開催されている「存在の美―まなざし、微笑み、憂い」展(5月20日まで)に行ってきた。
 ホキ美術館は、日本初の写実絵画専門美術館だそうで、企画展の展示以外にも、常設展示として沢山のリアリズム絵画が並んでいる。特に美術館の最深部に位置するギャラリー8に展示された巨大な作品群は圧巻だ。
 とはいえ、今回、片道三時間近い時間をかけて、この美術館を訪れたのには明確な理由がある。それは、自分の中に存在する「リアリズム絵画」への疑問を氷解させることだ。その疑問をごく簡単に述べればこうなる。
「リアリズム絵画と写真はどう違うのか」
「リアリズム絵画の方法は、何を可能にするのか」
 そして、実際にホキ美術館へ向かう途上、この疑問はもう少し具体的な形を取った。
「絵画が省略によるシンボルの形式だとすれば、リアリズム絵画は、描かないという選択の放棄ではないか。だとすれば、対象を描き尽くした結果として、逆に描かれ得なかった何かがそこに表れるのではないか」
 さて、それを掴むための語りを始めよう。

 私が美術館を訪れたのは平日の午前中だった。であるにもかかわらず(そして何より、このような不便な場所であるにもかかわらず)そこそこ多くの来場者が見られたということに、まずもって驚いた。奥さま、あるいはシルバー世代の彼ら彼女らは、一枚、また一枚と歩みを進めつつ、異口同音に語る。
「すごい、写真みたい」
「本当にリアルね。特に髪の毛がすごいわね。一本一本描いてあって」
 話を聞くに、おそらく多くの来場者が、実際に絵を描くようである。カルチャーセンターなどで指南される絵画の終着点は、おそらく見たままに描くことであり、だとすれば、来場者の目には、これらのリアリズム絵画が自分のやっていることのまさに究極形態として映るのだろう。
 当然、リアリズムは、一つの技術的到達である。その到達なしには、リアリズムは立ち上がらない。だからこそ、私は来場者が一様に「髪の毛」に感心する様子に違和感を覚えた。
 私自身がこの展示の中で真っ先に注目したのは、画面における筆触の存在である。今回の展覧会のフライヤー、画集、インターネットの画像、これらでは確認できないことの一つが、作品の筆触であるからだ。
 筆触を極限まで消去していたのが石黒賢一郎であった。他の画家が、幾分の筆触をその絵画的効果として残しているのに対して、石黒はその痕跡をどこまでも消去する。例えば、ある教室の風景を描いた《存在の在処》という作品では、画面右側に位置する教師と思しき男性もさることながら、その後ろにある黒板や、その横にある掲示板の行事予定表やカレンダー、あるいは木の桟に貼られた小さなシールを追っているうちに、その学校に入り込んでいるような気分を催す。結果として、絵の具の存在はどこまでも透明なものとなり、描かれた対象と直接に限りなく近い形で向かい合うこととなる。これは、紛う方なき技術的到達である。
 では、なぜ鑑賞者は一様に髪の毛のみを賛美し、それ以外の部分に言及しなかったのか。
 髪の毛から筆触を消し去ることはできない。髪の毛は面ではなく線であり、線は筆の動きの痕跡によってしか表現し得ないからだ。
 技術を何と定義付けるかは難しいが、例えばこんな言い方はできないだろうか。
「技術とは、身体を時間に従って操作する技法である」
 技術にはもちろん、巧みな動きや細密な動きが欠かせない。しかし、それよりも広範に重要視されるのが、スピードやタイミングといった時間に関わる要素である。また、考えようによっては、巧みさや細密さを実現するのも、時間の問題であるとも言える。ゆっくりした時間の流れの中で、安定した動きを実現する。それを、長時間にわたって継続する。どうやら、技術は時間のモードである。
 だとすれば、筆触はまさに技術の時間的痕跡である。髪の毛の一本は、まさにそれが描かれる時間の表現であり、頭髪はその集積である。
 カルチャーセンター的技術の到達点。そこから見れば、髪の毛のリアリズム的表現は、間違いなく究極のお手本である。

 その一方で、「写真」のことを考える。
 線は絵画の技術であるが、写真が実現するのは、一瞬のうちに被写体を面に移しこむ技術であり、その点に注目しながら鑑賞を続けると、そこでは面についての多様な実験が行われていることに気づかされる。筆触そのもののコントロールもそうであるし、材質による表現の選択、背景との境界の表現、あるいはハイライトによる光の表現や絵具そのものの光沢は、絵画が写真的になる直接的な要因となっていた。
 しかし、そんな中で大矢英雄の作品は異質だ。背景が抽象画的であることは、実はどうでもいい。髪の毛以外の人物の表面(肌や衣服)が引っ掻いたような微細な線で覆われているのだ。帰宅してネットで調べると、面相筆によるハッチングによって描かれたものだと分かったが、そのラギッドな面は、少し距離を置いただけでざわめく表層へと埋没してしまう。人間の知覚の分解能がそんなものに過ぎず、むしろ見えないことによって全体へと還元される効果というものをまざまざと見せつけられた。
 あるいは、似た体験で言えば、原雅幸の風景画を上げるべきだろうか。絵を前に後ろに歩くと、ある瞬間を境にして、絵画が写真になる。逆に前進すれば、写真は絵画になる。ここでは、知覚が情報を捨てることによって成立するということを思い知る。そして、だとすればリアリズムとは何なのかといった疑問が立ち現れてくる。
 しかし、彼ら一般の鑑賞者にはそれが見えない。写真みたいだと言う時、対象から時間のモードは捨象され、画面が面として単一の認識のもとに置かれる。

 写真に近づこうとすること、それ自体を不純だとは思わない。写真もまた、形式だからだ。
 実は、ホキ美術館に行きたかった理由、あるいはリアリズム絵画の実物を見たかった理由は、もう一つある。それは最初に書いた「リアリズム絵画の方法は、何を可能にするのか」という疑問に連なるものである。
 唐突だが、私が考えていたのはカール・ブロスフェルトの写真のことだ。彼は植物のクロースアップを多く撮った写真家で、その肉感的な植物の姿は、例えば昆虫の視点から見た植物の世界のような生々しさに満ちたものではなく、むしろ意味を剥ぎ取られたモノそれ自体が浮かび上がることによって捉えられたものである。
 つまり、サイズの問題だ。
 対象の大きさを変更することは、最もたやすい異化の方法だ。たやすいからと言って陳腐であるということでもなく、むしろ、普段認識しているサイズが崩されることは、日常感覚をも危うくする。
 だからこそ、残念だった。展示された作品に描かれた対象のサイズが、ある作品を除いて、全く何の不安感を煽るものでもなかったからだ。風景はすべからく遠景であり、静物画は実物大かそれよりも大きく、人間は等身大かそれよりも小さく。特に人物画は、一部の自画像、肖像画を除いて、無名の女性をモデルにしたものばかり。どれも同じようなサイズで描かれた女性たちは、ストレートの髪の毛と、滑らかな肌、整った顔立ちを持ち、美しい以外の形容が浮かばない。多くは柔らかな光に包まれ、多くは柔らかな布をまとい、いくつかはソファやベッドに寝そべり、いくつかは露わになった背中をこちらに向けている。シンボルの形式? とてもそうは思えない。
 それは、画家が守られる形式なのではないか。画家が、安心して対象の描写に打ち込める形式なのではないか。それは方法としてのリアリズムとは程遠い。自己目的化したリアリズム。リアリズムのためのリアリズム。やはり、リアリズム絵画はカルチャーセンターの行きつく先でしかないのか。

「絵画が省略によるシンボルの形式だとすれば、リアリズム絵画は、描かないという選択の放棄ではないか。だとすれば、対象を描き尽くした結果として、逆に描かれ得なかった何かがそこに表れるのではないか」
 この疑問は、希望だった。今回の展覧会を紹介してくれた友人の美術家は、リアリズムに価値を認めていなかった。しかし、小説を書く身として、それはとても困ることでもある。なぜなら、小説における描写は、リアリズムに依拠するしかないからだ。言葉はいつでも現実に寄り添っている。仮に、その言葉の機能を裏切ることで幻想を描写しようとしたとしても、その裏切りそのものが言葉と現実の結び付きを前提にせずには成立しない。もちろん、小説と絵画は違う、と言うことはたやすい。しかし、それは何も生み出さない言葉だ。
 美術館の最深部に位置するギャラリー8、その最後の方に、その絵はあった。
 諏訪敦《untitled》――説明によると、それは彼の父の死に顔だった。それが、巨大な画面いっぱいに描かれている。唾液で一部がくっついた唇、皺と死の色に覆われた肌、そして、画面を横切って死斑のように現れた黒い染み。
 実は、もう一人、途中で引っ掛かった画家がいた。磯江毅――小さな作品だったが、そこに響いていたのは死、だ。
 死を描くのは難しい。死者を、死体を描けば死を描いたことになるのか。もちろん、ことはそんな単純な問題ではない。
 先に私は、技術を時間のモードであると語った。それをもう少しだけ突き詰めてみたい。
 伝統的絵画は、例えば時間をシンボル化して提示する。ある出来事の絵を描こうとすれば、そこに描かれるのは出来事の中の一瞬でしかないはずだが、人々はそこにその出来事の全体を見て取ろうとする(宗教画を考えると分かりやすいだろう)。この場合、物語の全体をシンボル化するのが技術であり、そこに織り込まれる時間は、技術が揮われる時間とは別次元における時間的持続である。
 写真は、実はこれに近い。我々が写真を見て想起するのは、その瞬間ではなく、出来事や物語の全体であるからだ。スポーツを報道する写真、思い出のスナップショット、それらは現実の時間的持続から切り出された一瞬であり、当然そこには、いかに象徴的な瞬間を捉えられるかという技術が絡んでくるものの、基本的に技術そのものが揮われるのは一瞬である。
 リアリズム絵画では、これと全く逆のことが起きる。リアリズム絵画では時間をシンボル化しない。モデルが現前する場合でもしない場合でも、時間を止めなくてはならないからだ。だからこそ、「リアリズムは空間を描く」と言われるのだろう。
 写真はモデルの時間を止めることを必然としない。モデルを使ったグラビアの撮影などでも、互いに体を動かしながらひたすらシャッターを切っていく姿は容易に思い浮かぶだろう。しかし、リアリズム絵画は時間を止めなくてはならない。それは、すべからく対象をモノへと、死体へと転化する。
 シンボルは省略の形式だ。なぜなら、瞬間を時間的持続へと転化するのは見る者の作業であり、見る者が補完を行うために空白は必須だからだ。しかし、リアリズムはその余地を与えない。鑑賞者が、その技術や写真との類似性をしか指摘できないのは、彼らが目にしているのが死体に他ならないからだ。しかし、その死体が雄弁に語り出した瞬間、人々は言葉を失う。諏訪敦《untitled》を前に、その技術を云々することができる人間はいまい。
 リアリズムにおける死――それは、対象を描ききった時、その陰画として半ば必然的に立ち現われてしまうものである。だとするならば、その事実を技術として昇華することで描くことが可能になる非現前の世界がある。リアリズムであるがゆえに描くことのできる、非リアリズムの世界。それは、安易な言葉のつなぎ合わせでは、幻想は描けないという忠告でもある。現実を突き詰めること。これ以上描き尽くせないほどに。そして、それを描いた時に初めて生が浮かび上がる。現に、死者を描いたはずのこの絵が、他のどの絵よりも生々しかったことを、この美術館を訪れた誰もが認めるであろう。

 ホキ美術館は開館一周年だそうである。これから、そのコレクションは充実していくだろう。そして、日本初の写実絵画専門美術館であればこそ、いたずらなリアリズムに耽溺するカルチャー集団がこの先も訪れ続けるだろう。美術館の目的の一つは、明確に教育である。彼ら彼女らから「写真みたい」の言葉を駆逐することは、決してホキ美術館の意図にそぐわないものではないはずだ。
 今後の展開に期待し、いずれまた訪れる時を楽しみにしたい。

 さて、ひとまず、諏訪敦と磯江毅の画集を取り寄せてみた。サイズの問題はあるにせよ、何かを見せてくれると期待している。


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